お寺「宝珠院」僧侶のコラム
「お寺の役割」
誰かが亡くなった時に、葬儀で行く場所。
親戚の法要で行く場所。
お盆やお彼岸で、ご先祖のお墓参りに行く場所。
今の世の中で、お寺と関わる理由はこのような仏事しかないのではないでしょうか。
恐らく、一昔前は日常の中にお寺は存在し、気軽に立ち寄れる場所であったに違いありません。
些細な悩みや、愚痴をこぼしにお寺へ行く。住職に話を聞いて貰い、お茶を飲みながら時間が過ぎて、気付けば何をしにきたのかも忘れて楽しく家路につく。境内に足を踏み入れると、自然と手を合わせて頭を下げる。
お供えのおまんじゅうを頂きながら、仏様から守護をいただく。
朝起きて、夜寝るまでの間に行われる日常的な動作の中に、お寺へ行くことが含まれていた気がいたします。
他愛もない話から、他の人には話せない悩みまで、人は常に何かを思い考えています。弁護士でも家族でもなく、誰かに聞いて欲しい。そんな話をお寺の住職になら話せる。そんな時代があったのではないでしょうか。
ここサトヤマ寺スが目指すもの。
それは、一昔前に存在していた「ちょっと行ってこようかな」と思えるお寺(場所)をつくること。
安心して、自分をさらけ出せる場所がある!・・・これはなかなか、素敵なことです。
小さい子供もご高齢の方も、犬も猫も鳥も、トカゲやカブトムシやメダカも、木も花も苔さえも、ありとあらゆる生き物と正面から向き合い、全てのいのちが居心地良い場所。
それが、ここサトヤマ寺スの目指すものです。
宝珠院 僧侶 兼 サトヤマ寺ス いのちの"居場所"お寺担当 森﨑美香